2008年3月2日日曜日

暗黒の小学生時代

オットーが時々給料丸ごと持って家出をするようになった。それにより、生活苦が始まった。農家も中途半端。そして、一応家出してもすぐ銭が尽きると帰ってくる。時々パチンコで儲けたりすると、しこたまおやつをもらってきてくれたり、、、私たちの機嫌はすぐ回復。ひどい時には某金融会社に私も連れて行かれた。で、限度額ギリギリを借りてそのままパチンコに直行。「これは皆に、これ(シー)な」と言われ、借金を作る現場にいるというあまりの恐怖にただ黙ってうなずくことしか出来なかった。それが2度目になった時には「やだよぉ、そんなの辞めようよ~」とごねてみたけど私の反撃なんて屁でもなかったみたい。持ち逃げする資金は私たちの給食費や、そろばんの月謝にまで及んだ。とは言っても、今流行の給食費未納なんて事はしていません。ランドセルに入れて明日の準備をしておくと朝になってなくなっている。。。そんな事件は朝飯前。私が小学3年生頃からだったかな、オッカーが夜も働き始めた。オッカーは昼は生命保険のおばちゃん、夜は飲み屋のおばちゃん。8時には会社に行き、19時頃帰宅。支度をしてまた20時には出勤。明け方2~4時頃帰宅。。。土日は田畑。。。そんな生活が私が中学2年生まで続いた。結局一時中断はしたけどまた再開となった。その訳はまた後ほど。私たちは夏休みなれば畑の草取りに明け暮れた。そろばんの月謝をあまりにも滞納していたときは行くのも肩身が狭いので、「調子が悪いので休みます」とたぬき親父に嘘の伝言をしてもうらうよう友達に頼んだ。でも、当時そろばんの親父は車で会場まで向かう子供たちを見つけると拾ってくれたり、、、そんなんで私のうちはちょうど学校と、そろばん教室の中間くらいにあって、、、、案の定お迎えに来られ、、、そんなタイミングで草むしりをしている姿なんて見られたり…。その場で穴を掘って入りたかったな。。。なぜそろばんは通っていたかというと…オッカーがどうぅぅぅぅぅしてもそろばんだけは、頭の発育のため、精神統一のためなど、、、により通わせたかったからというただそれだけ。そして、もちろんそんな暮らしなもんだから、、、、電気料金滞納なんて昼飯前。しょっちゅうだよ。。。毎月怯えて暮らしてた。。。もちろん滞納すると電気は止められた。暗闇の中、仏壇からろうそくを持ってきたり、キャンプ用の電気を灯したり。ご飯食べるにも一苦労。地元の「ツケ」が利く酒屋さんにも、「ろうそくそんなに使うの?」って素朴な疑問を投げかけられ、、、返事に困った。それから、電気が止められれば電話だって止められた。タイミング悪く、クラスの連絡網で翌日の授業変更とか、持ち物変更とか…の連絡の時なんて最悪。。。。「昨日電話何度もかけたんだけどつながらなかったよ。。。」って何度か言われた。その時も穴に埋もれたかった。それから、食事は野菜には困らなかったけど、おかずがなかった。。。。納豆1パックを家族5人で食べるなんて日常茶飯事…。だから、私は塩納豆の事を知っている。塩納豆はちょっとの納豆で沢山ご飯を食べれるようになっている。。。単にしょっぱいから…。。。好きだけど、滅多に食べようとはしない。。。。当時を思い出すから…。お金には困って困って困り続けていたけど…友達には恵まれた。毎日学校から帰ってくると、オッカーとの連絡ノートにメッセージがあって、そこには、1.干してある洗濯を取り込んで片付けてください。2.食器を洗ってお米を炊いて置いてください。3.掃除機をかけてください。ってな感じ。ほぼ毎日そんな感じ。学校帰りに友達と遊ぶ時なんて、まっすぐうちに友達が来ちゃったりすると大変。友達に待っててもらって、それらを片付け…遊びに行った。弟が保育園の時は学校から帰って迎えに行き、帰りには小さな駄菓子屋により、二人でアイスを食べながら帰ってきた。弟は末っ子でずるがしこいから、自分が得するスベを小さいながらに既に身に付けていた。おいしいものはいち早く食べるべし。そして、まだ食べたいと思ったら、隣を見るべし。。。。私は、ゆっくりその旨みを味わっているところを何度狙われたことか…。でも、それなりに楽しかった。毎日毎日毎日喧嘩をして取っ組み合いをして、、、、、けど、うちは古かったから家の中に鍵がかかるところは、トイレかお風呂しかなかった。最初は私と弟で兄を罵ったりしてて、でも兄はしばらく私たちを野放しに放って置いてたんだけど、度を超えると兄もブチ切れ、、、、、。ほうきや、塵取りなんて武器を持つもののあの兄の形相には勝てず、鍵つきの所へ避難するほか身を守ることは出来なかった。怖かった。。。だけど、それでも毎日毎日…喧嘩は絶えなかった。もちろん、オットーとオッカーの喧嘩もほぼ毎日…。ちょっとやそっとの喧嘩なら大して気にも留めなかったけど…オットーが切れると、、、、見てて泣いた事もあるし、見てられなくてドアに隠れ、、、だけど、オッカーの事が心配で見ないわけにも行かなくて…本当に苦しかった。ちゃぶ台返しなんて何度見たか分からない…。何枚の茶碗が割れたことか…なぜか大抵弟の茶碗が割れた。。。オッカーは一度も泣いた事がない。どんなにオットーに凄まれようと、テーブルひっくり返されようと。。。。私は何度泣いたか分からない…。オットーは亭主関白を気取りたいんだけど…その前に、稼ぎを持ってこない…しょうがなくオッカーが稼ぎに出るしかなく…その事にオットーはプライドを傷つけられて、、、オッカーはそんな亭主を立てる気になんてなれない。そもそもオッカーのキャラ的にもね。なぜそんな二人が結婚したのか…とてもなぞである…。小学4年生の頃からオッカーは離婚の話を何度か私たちや、オットーの弟のおじさんに持ち出した。皆賛成した。だけど、離婚=転校=いじめ…みたいな発想しか出来なかった私は断固として断った。。。それに、、、なぜか、あんなだったけど、どうしてもオットーの事が好きだった。。。結局、私の強い反対によりオッカーは「それじゃ、オッカーは仕事頑張るけど、その分あんたたちも覚悟してね」って言われて、絶えられるのかが不安でたまらなかった…。確かに、、、、女手一つで子供3人を育て上げるのは想像を絶するものがあるけど、そこにオットーが加われば…借金(オッカー名義もあり)は作ってくるわ、働きに行かないわ、酒タバコはエンドレス。農業もしてるからトラクター大・小、稲刈り機、田植え機、除草剤を振りまく機械…ETCそんなものにウン千万円。。。ももれなく付いてくるのである。。。。でも、私が嫌がったがために…オッカーは働き続けた。。。それが私の小学生時代。

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